まほの毎日

夫と子ども二人と地方に住んでいます。日常を書きたいと思います。

20220627_耐えがたきを耐えるメンタル

玉音放送の「耐えがたきを耐え 忍びがたきを忍び」は、日本が起こした太平洋戦争のせいで戦時中に日本国民が被った受難の様子を指しているのではなく、戦後の復興と平和の実現のための歩みが険しいものになる様子を予想したものだってことは、よく知られているのか知られていないのか。

 

先日、出征した曾祖父が、なぜ戦争のことに関して口を完全に閉ざしてしまったか、ということがSNSで話題になっていた。

 

それを読んで、横井庄一さんが帰国後に口をつぐんでしまったことを思った。

 

横井さんは帰国するまでは、日本軍指導部の悪事を告発したいという思いで現地で生き延びてきた。けれど帰国後は、他の戦争経験者と同様、口を閉ざしてしまった。だから、口を閉ざしてしまった理由は、悲惨な思い出を思い出すのが辛いからではなく、戦後の日本人の終わった戦争への態度だったのではないか?

 

一人の兵隊として従軍し、軍の命令に従って行った作戦でも、戦後それを口にすれば世間に断罪されてしまう。戦時中にあったこと、やってしまったことに関して、戦後に自らを責めないでいいような方策っていうか、国としての落としどころってあるのかな?

 

っと思うと、戦争に行った人たちが口をつぐんでいる様子は、耐えがたきを耐え忍びがたきを忍んでいるメンタルと思えてくるし、戦後の日本社会はそうすることを強要したのだと思った。そして、つくづく、靖国神社の在り様を、彼らの存命中に整えることができなかったのか、悔やまれる(私はお右ではないけれど)。